前職を東京で5年間勤めた後に、地元の島根に戻る前の2ヶ月間。
東回り、世界全大陸10カ国を巡る旅に出かけた。
▼行った国
オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・メキシコ・ペルー・イギリス・オランダ・エジプト・トルコ・インド
今、最後の国インド・デリー から、
東京羽田へ向かうJAL便の機内で書いている。
2ヶ月前、
出発前夜の自分の気持ちを思い出してみる。
これまでなんでも怖くないと思っていた自分が、身震いするほど、怖いという感情がほとんどを占めていた。
もちろん楽しみだ。自分で決めたことだ。
でも、生まれてこの方28年、
アジア圏から出たことがない。
食事は大丈夫か、
騙されたりしないか、
盗まれたりしないか、
挙げ句の果て.....
心配の連鎖、悪い妄想は尽きない。
.......
今回、改めてなぜ世界一周をしたいと思ったのか。
理由は2つあるけど、本質的には1つ。
1つ目はこれから自分が転職する先、両親が始めた高齢者食メーカーの海外進出加速のためだ。
すでに両親の代で、日本市場を捉えつつある。
今後、両親、社員さん、自分と、一緒に入る仲間たちの頑張りによって、日本一のシェアになるであろう。なると確信している。
でも、その後、または並行して、
その先を見つめる必要がある。
だから自分が日本以外の市場・文化を知らないでどうするんだ。そういう思いでやりたいと思った。
........
というのは正直、
自分の胸に当てて考えてみると、
うーん、本当に思ってはいるのだけど、
本能的ではないというか、
実利的、目的を持った逆算的考え。
間違いなく、世界の市場を探りたいと思っている。第一情報を握ることほど、強くアグレッシブな行動を起こすのに良い燃料はない。
ただ、今直ぐに世界に踏み出せるのか?
という問いを立てると、NO。
まずは日本の市場を広げて、会社の社会への価値提供の基盤を堅固なものにしていく。
これが第一優先。
そう。これは正直なところ、
"本能から来るものか""今直ぐに効力を発揮できるか"という観点では、本質的ではないのだ。
※ちなみにこの記事、そして何か少し突拍子もない行動を起こす時の、僕なりの「本質的」の定義は「本能からくるもので、今直ぐに効力を発揮できるもの」である。
........
じゃあ、本質的な理由はなんなんだ。
それは、
「この世にせっかく生まれたんだから、自分が知らないことを、目一杯、できる限り多く、この身体で感じること」だ。
それは帰路の上空、
心の底から、達成したんじゃないかなと、
そう思う。
........
さて、主題をここで書きたい。
「どうだった?世界一周。」
おそらく、帰国してから幾度となく問うてもらえる(聞いてもらうのすごく嬉しいし、何度も言語化できるのでめっちゃ聞いてください、他の質問もどんどん聞いてください!)であろう、この質問をテーマにしたいと思う。
結論、最高だった。
文字にすると小並感。
でもこの一文字一文字に、感情、目に焼き付いた光景が宿っている。それを細かく書いていきたい。
今回の旅で感じたことは、
この5つ。
・人間の信じる力の凄さ、恐ろしさ
・「民族」を捉える・理解することの難しさ
・固定観念を外すことの難しさと偉大さ
・人の温かさ
・「食」は百薬の長
・日本の異常さ
......
⬜︎人間の信じる力の凄さ、恐ろしさ

ピラミッド、マチュピチュ、テオティワカン、アヤソフィア、タージマハル。
何百年も前の人たちが、
今とは比較にならないほどの労力と歳月をかけて、壮大な建造物をつくり上げる。
一つ一つ、この目で見ると、
改めてその凄みと、
ゾッとするような恐ろしさを感じる。

どの遺物も、
その時代の人々の神々への信仰、学問に対しての異常なほどの探究心、権威の証明など、
どれも異常なほどの人間の感情や、
ある意味の妄信からくるエネルギーで作り込まれている。
人間の信じる(信じ込む)力を
全身で感じることができた。
⬜︎「民族」を捉える・理解することの難しさ

高校の頃、世界史の授業でアメリカや中国など大国は様々な民族や人種を内包していると教わった。
でも、いまいちイメージができていなかった。
今回の旅でそれをまざまざと見せつけられた感覚を持った。
昔から世界の要所であった都市であればあるほど、様々な人種の人が町中を歩いている。
旅の序盤、
オーストラリアの博物館にて、
そこまで遠くない昔、アボリジニという民族が住んでいたが、その後白人系の移民が移り住んできて、多くのアボリジニが追いやられた。
自分の知識が浅はかであったが、
てっきりオーストラリアは元々白人系の人種の人たちが住んでいるものだと思っていた。
ニュージーランドでも同様に、
先住民であるマオリ族と、移民との間の争いの歴史がある。(紛争はないが、今も続いている)
ほとんどが大和民族で構成されている、単一民族国家と言っても良い日本で生まれ育ち、「1つの国家でも様々な人種民族が存在している国がスタンダードである」そんなことを考えることはほとんどなかった。
※世界の約90%は他民族国家、日本は残り10%の単一民族国家。(定義は種々あり)
いつも生活している日本の環境は、
民族・人種という観点ではマイノリティであるということに今更ながら気づいた。
教科書で知識自体はあっても、実際にその国に行くと再解釈できるものがある。
⬜︎固定観念を外すことの難しさと偉大さ

インド・ジョードプルのメヘランガル城にて、こんな王女のエピソードを聞いた。
ジョードプルの地を治める王室の一族には「男性に女性の姿を見せてはならない」という決まりがあった。
王女も例外ではなく、
公的な仕事や、政治、王室のビジネスには、男性が参加。女性は参加できなかった。
しかし、ある時、
王を継承する予定だった王女の弟が不慮の事故によって公的な仕事に就けない状態になった。
代役として王女が就くことになった。
ケンブリッジ大学を卒業した彼女は、
約2,200億ルピー(数千億円規模)にのぼる王室の資産管理、世界最大級の邸宅「ウマイド・バワン・パレス」の高級ホテル・博物館化を成功させた。
(今も5つ星ホテルとして営業中)
次世代に王室の伝統を残し、ジョードプルの人たちの誇りを守るべく、
何世紀にもわたって残っていたしきたりを変え、行動をした彼女のエピソードと音声ガイドで肉声のコメントを聞いて胸が熱くなった。
前から決まっていることだから。
そう言って放っておいてしまっていることはないだろうか。
本来違ったことをしたい。だけど、前からこうだから。
固定観念は本来持っている意思を簡単に潰してくる。
逆に、固定観念を取り除くことは、非常にパワーがいる、周りから忌避の目で見られる。
その中で何くそと、踏ん張り行動をしてきた人。
時代を捉え行動を起こした彼女にとても刺激を受けた。
このエピソードを聞くためだけでも、ジョードプルに来た甲斐があった。
⬜︎人の温かさ

世界一周出発前、
前泊させてもらっていた東京の妹の家で恐怖で身震いをしていた。
何が怖いって、人に騙される、脅されることだ。行動に移す前は決まって悪い情報が耳に入ってくるし、脳みそに残る。
メキシコ、ペルー、インド、エジプト。
どうだろうか....
これは(今回僕の旅に限っては)杞憂に終わった。
特にペルーで人の温かさ・優しさを一身に受けることになる。
ペルーのメインの目的はマチュピチュだった。
マチュピチュの麓の街・アグアスカリエンテス(通称マチュピチュ村)の滞在期間を、両側で挟むようにして、空港のあるペルーで最も古い街「クスコ」に滞在した。
この時、少しでも節約したかったので、1泊2千円程度のゲストハウスに泊まることにした。
ご家族で経営してらっしゃる、
こじんまりとしたゲストハウスだ。
どこから来たの?
日本?この宿は日本人もたくさん来てくれているのよ。
このゲストの日記帳。私、日本語の文字が大好きなの。
微笑みながら話してくれたのは、
ゲストハウスのオーナーの女性。
そこまで年齢はいっていないように見えるが、足が悪いのか杖をついている。
ここは標高がとても高いからこれどうぞ。
高山病の予防に効果があるというあったかい「コカ茶」を出してくれた。沁みる。
次の日、早速マチュピチュへ向けて出発。
クスコからバスと電車を乗り継いでかなりの時間がかかるので、早朝4時ごろにゲストハウスを出ることにした。
準備を済ませて、玄関の方へ行くと、
寝ぼけ眼を擦りながら、
オーナーの女性と息子さんがいた。
おはよう。迎えのバスはちゃんと来てるかな?
僕が無事出発できるか心配で
こんなに朝早くに起きていてくれたのだ。
これどうぞ。母が持って行けって。
手作りのサンドイッチを持たせてくれた。
これも心に沁みた。
マチュピチュを存分に楽しんだ後、
このゲストハウスの居心地の良さに魅了され、さらに3日間ほどクスコに滞在することにした。
毎朝作ってくれる素朴な朝食、
ペットの猫のあくび、
毎晩、今日はどうだった?から始まる、
たわいもない会話。
どれもがあったかくて、
僕にとって実家のような場所になった。
最終日、
最初に見せてくれたゲストの日記帳に、日本語とスペイン語で感謝の言葉を綴り、
日本から持ってきていた、平田の生姜糖(地元の生姜飴)をプレゼント。
お返しにと、ペルーのワインを。
お母さんが飲みたいだけでしょう。と笑いながら話す息子さん。
他愛もない会話の中で、
実はあなたが久しぶりのゲストだったの。
なんと2年もの間、
オーナーの女性が身体を悪くして休業していたのだという。
だから杖をついていたのか。
あなたがこの宿が再開してからの最初のゲストで本当に良かった。
とても嬉しく、楽しい時間だった。
ありがとう!また来るね!
地球の真裏に僕の第二の実家ができた。

⬜︎「食」は百薬の長
オランダでの最終日、
急な悪寒とその後39℃の熱。
完全に寝込んでしまった。
泊めていただいていた妻のお知り合いのご家族から解熱剤をもらい、次の国への出発の直前になんとか動けるまで回復。
次の国、このタイミングでエジプトである。
オランダ→イギリス→エジプト
元々の予定ではトランジット(乗り換え)1回。
大体7-8時間くらいで到着する予定だった。
それがなんと最初の便の遅延により、
トランジットの便に乗れないことに。
代替えの便を確認すると、
イギリス→トルコ→エジプト
なんとまたトランジット有り、である。
つまり最終的には
オランダ→イギリス→トルコ→エジプト
の2トランジットを含む移動。
しかも、待ち時間を含めると20時間のタフな移動となった。
その影響で体調が再度悪化。
エジプト・カイロ空港 午前5時。
やっとついた。
熱っぽい身体を引きずり、荷物受け取りへ。
30分が経った。荷物が来ない。
1時間がたった。まだ来ない。
泣きっ面に蜂。
このタイミングでロストバゲッジだ。
エアタグを急いで確認。
7分前・・・カイロ国際空港
なんと、荷物自体はちゃんとエジプトについていた。急いで、ロスバゲのカウンターへ。

事情を説明すると、スタッフが一言。
「これは我々の責任ではない。イギリスの航空会社のスタッフに言ってくれ。」
は?
最後に乗ったのはあなたのところの飛行機だ。だから、あなたの会社に責任があるのではないの?てか、エアタグ見る限り、すぐそこにあるの!たぶんバックヤード!探しに行けないの?
できません。
荷物預かり証明書には、イギリスの航空会社の名称が書いてある。だから、我々には責任はないのです。
どうやら、一度代替えの便になった時、
荷物預かり証明書の会社名称は書き換えられず、イギリスの航空会社のままになっていたらしい。これは落とし穴。
ロスバゲカウンターのスタッフと幾度やりとりしても、
全く聞く耳を持たなかったので、他の空港スタッフを当たることにした。
1時間ほど、他のスタッフに聞いて、
一緒に空港内を探してくれるナイスなおっちゃんもいたが、結局のところエアタグが位置情報を指しているバックヤードには、関係者(つまり責任所在のある航空会社スタッフ)しか行けないようだ。
ロスバゲをした時は、責任所在のある会社に事故報告書を書いてもらい、それを証明として荷物の返却をスムーズに進められる。
それを知っていたので、
今取りに行かなくてもいいから、事故報告書だけでもくれないか。
「申し訳ないですが、できません。
我々には責任がないので。」
お前はロボットか!リピートしかできんのか!!
途方に暮れる。
熱っぽい身体がさらにほてってくる。
頭痛もしてきた。
流石に身体がもたないと判断し、
今後の返却が不利になると分かりながらも、
断腸の思いで空港を後にし、ホテルへ。
.......
翌日、空港の再度ロスバゲカウンターへ。
同じやり方だと歯が立たないと思い、
・ロストしている荷物に自分の命に関わる常備薬がある
・今日飲まないとまじで死んでしまう
という設定をつくり、
死にそうな顔(実際39℃の熱があるので、演技せずともそう)で、捜索のお願いと返却を求める。
「はぁ...分かりました。ちょっと今忙しいので1時間後にバックヤード行ってみます。それで良いですが?」
やった、、、やっと、、、探しに行ってくれる....!
見つかってもいない、まだ見つかる確証もない、第一段階ではあるがめちゃくちゃ嬉しかった。
1時間後。スタッフが来た。
「良いニュースと悪いニュースがあります」
良くドラマで聞くこれを、現実世界でを聞くとは...
「良いニュースは、、あなたのバックパックありました。」
\\\歓喜///////
「悪いニュースは、あなたのバッグがいつあなたの元に戻ってくるか分からないことです。私の同僚が, 税関を通しているのですが、どれくらいの時間がかかるのかは不明です。運が良ければ2時間後、悪ければ明日。どうしますか?」
なるほど。そう来たか。
着替えやら何もかも、自分のバックパックに詰めていたので、昨日から着替えができていない、まじで体調悪くて、もう一回空港に来るのは嫌だった。
「まじで体調悪いんや。明日だったら死んでまう。死んでまう!!」
迫真の演技。
そのおかげもあり、想定よりも遥かに早く、1時間後に戻ってきた。

ああ、本当に、、
本当によかった、、、
……
とこんな具合にエジプトには初っ端からカオスが待ち受けていた。
ここに書くとキリがないが、
最終的に体調不良が慢性化し、エジプトの緊急外来を受診することにもなってしまった。
エジプトで打撃を受けた身体は簡単には戻らない。
その次の国、トルコ。
妻と現地合流現地解散の新婚旅行を計画している国だ。
この国に入国してからも、体調不良を引きずっていた。
妻にあまり心配されたくななかったので、
でき限り気丈に振舞っていたが、かなり辛い。
そんな中、入国初日の夜に立ち寄った1軒のレストラン。
特にガイドブックや、まとめ記事に載っているような有名店ではない。
何か雰囲気が良い、そして観光エリアにもかかわらず、安い。
着席。笑顔でトルコ人のおじさんが迎えてくれる。
奥の厨房ではどうやらトルコ風ピザの生地を捏ねている。
その横で、シシカバブ(つくねみたいな形状をした肉)を炭火で焼いている。
その光景を見て、体調は悪かったものの注文をしたのは
迷わず「トルコ風ピザ」「シシカバブ」。

シシカバブを一口。めちゃくちゃうまい。
トルコ風ピザを頬張る。え、何これ、うますぎるんですけど。
さっきまでの体調不良が嘘みたいに、モリモリ食べた。
妻が唖然とするほど。
ふーーー食べた。
さっきまで身体の中にあっただるさと、
鼻詰まりが跡形もなく消え去っている。
うまい飯は、病気をも治す。
『酒は百薬の長』と言うものだが、
この時「食」は百薬の長だと、身をもって思った。
「食」はどんな時も人間にとって大切だ。
⬜︎日本の異常さ
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
これが最後です。
みなさんに質問。
世界10カ国、それぞれの国で、
”Where are you from?”どこから来たの?
と聞かれ、日本と答えた後に、彼らから発せられた日本の印象。リアクション。
なんだと思いますか?
「ホスピタリティに富んでいる」
「町の清潔さ」
「治安が良い」
「食事が美味しい、衛生的」
「アニメ・漫画文化が素晴らしい」
「日本製は信頼できる」
・・・・
これら全て実際に現地の人から言われました。
結構、まあそうだよねっていう内容だと思う。
僕も、世界一周前に、
YouTubeで流れてくる外国人旅行者の「日本スバラシイ!!」と、
誰が切りはりして作ったかわからない動画を見て、
まあ、そうだよね。と思っていた。
なんなら聞き飽きていた。
でも、実際に世界各国の彼らから生で聞いてみると感じるものは違っていた。
ー満面の笑顔で日本旅行時にホスピタリティを感じたエピソードを語ってくれるメキシコの税関で働くお姉さん。
ーロンドンのど真ん中で、スラムダンクと刃牙の漫画がずらりと並び、若者たちが熱く作品の良さを語り合っている光景。
ーすごい勢いで延々と日本車の良さを語ってくるエジプトのおっさん。
ー純粋な眼差しを向けながら、いつか行ってみたいんだと語ってくれるインドの男の子。

熱狂と言って良いほどの”日本の魅力”を話してくれる外国の人々。
作られた画面越しでは感じることができるその”熱狂”が新鮮だった。
と同時に、日本のある意味での異常さを感じる体験だった。
この尊い日本の異常さと、海外の彼からからの熱狂を、
これからもたまに記憶のそこから引っ張り出して、
日々日本で受けているサービスだったり、
安全な食事だったり、清潔な道だったりを、さらに深く、有り難く味わっていきたい。
⬜︎最後に

身震いするほど怖かった世界に飛び込み、
終わってみれば本当に心の底からチャレンジしてみて良かったと思う。
側から見ればただの海外旅行に見えるかもしれない。
でも、自分の眼に焼き付いた光景や、
心の奥に残る感動は、確かにある。
そして、今回の旅で「幸せのハードルが下がったこと」も良かったことの一つだ。
これまで日本で当たり前に享受していた物事を、
「他の国では当たり前ではない」という気づきを通して、新たに愛おしく、有り難く思えるようになった。
幸せになるために、
何かを得ること(今に何かを足すこと)が唯一の方法に見えるが、
そもそもの幸せのハードルを下げて、「幸せの総量」を増やすこともできるのではないかと思う。
特に人生観は変わらなかったが、
幸せの総量は少し増えた気がする。そんな旅でした。
……
世界一周中、
色々なところを案内してくださったり
忙しい中無償で事業のことや、その国のことを聞かせてくださった方々がいらっしゃいました。
そしてその方を紹介してくださった、日本国内の方々もいらっしゃいました。
まとめてとなり恐縮ですが、
本当に、本当にありがとうございました。
おかげさまで旅がより良いものになりました。
冒頭
”本心ではあるが、今は「本質的な旅をしたいと思った理由ではない」”
と記載をした「事業の海外進出の加速」ですが、
それが本質的なものだったと言えるように、7月からの仕事復帰、張り切ってやっていきたいと思います。
以上、
駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

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