Sunablog

東京に出た島根の学生の日記兼備忘録

帰属意識は必要なのか

 

こんにちは!

 

何か霊に取り憑かれたように体が重くて、起き上がるのにも一苦労でした。

毎深夜、このブログを書いている代償が顕在化し始めてる感じです。

 

ということで、今日は早めに新宿のマックで100円のコーヒーを飲みながら、書いていきたいと思います。いやあ、健康的。

 

 

 

さて、今回のテーマですが「帰属意識は必要なのか」です。

このテーマは前々から頭の整理のためにブログの記事化したかったのですが、なにぶん結構難しい話題なので、気合が要ります。

気合入れます。

 

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僕は地方出身者で、地元好き。

大学で上京しながらも、何かと理由をつけて結構地元に帰ってる方で、

世間から見てもかなり地元島根への「帰属意識」っていうものが強いんじゃないでしょうか。

 

まず帰属意識って、何も出身地とかへのものに限らず、

 

このスポーツチームが好き!とか

自分の母校を想う気持ちとか

「頑張れ!日本!」とか

家族が好きとか

 

それら全て、帰属意識の一種だと思います。

 

その集団に対して、貢献したい!という思いを持ち、

その集団の一員だと自ら意識する、心理的な状態のことです。

 

簡単にいうと、ある集団に対して想い入れがある状態ってことです。

 

 

 

今回はこの数ある帰属意識の中の、

「自分の地元・故郷に対する帰属意識」について、書いていきたいです。

 

 

で、帰属意識っつっても、2つに別れると思っていて、

 

1つは

感傷的な帰属意識

 

もう一つは

地元を少しでも良くしたい・貢献したいという実践的な想いがこもった

帰属意識

 

 

感傷的なのは本質的にはいらないと思います。

ああ、地元っていいなあとか

ただ、地元を思ってセンチメンタルな気持ちになること

感慨に耽ること。

 

すること自体には意味があります。

自分が癒されたり、地元っていいなって想うこと。すごいいいことだと思います。

 

ただ、それって、少しでも地元のためになっているのか?

と言われたら、なってないですよね

 

 

地元いいなあって思っても、

実質的には、1ミリも地元を良い方向に変える変化はない

 

地元を良くしようとする人にとっては、

地元に感傷的になっても、何も意味はないのです。

 

それだけじゃ、何も変わらない

 

 

 

一方

地元を少しでも良くしたい・貢献したいという実践的な想いがこもった

帰属意識

 

これに関しては、変えていくにあったて、そのメンバー全員に必要なマインドです。

 

良くする、変える、貢献する

したい じゃなくて、

その地域のことを、本気で自分のことだと思って、変えていく

 

そんな帰属意識がこれからの地方を変えていく人

そして、一番持たないといけないのは、そこに住んでいる人です。

 

そういう「実践的帰属意識」は必要です。

 

 

 

帰属意識帰属意識でも、これらを履き違えてはいけません。

実践的帰属意識です。これが必要です。

 

 

しかし、そんな意識は全員持てて入れば、地方が危ないだとかそんな議論には根本的になっていないわけです。

 

 

じゃあなんで、「実践的帰属意識」を発揮できないのか

 

なぜ?

 

 

そこを深く掘って言った先に1つの解決策があると思います。

 

ここでそのことも書きたいのですが、

この考えはもっと磨き上げて、自分のものにして、そして実践できた頃に

記事にしようかと思います。

 

多分ここまで、この「帰属意識」という所に焦点を当てて考えている人はそこまでいないと思います。

 

この今考えていることを形にすることがまさに「実践的帰属意識」の発揮だと思うので、もっと磨いて見ます。

 

また書きます。お楽しみに!

 

 

 

そんな今日この頃。