Sunablog

東京に出た島根の学生の日記兼備忘録

納得できなければ、やりきれない

 

こんにちは

 

今晩も夜な夜な記事を書きます。(もはやこんにちはじゃ無いですが)

 

 

最近、今回の記事テーマのことについて、良くも悪くも感じます。

 

僕自身、根っからの頑固者で、何かにつけて自分の意見を強く持ってそれをなるたけ、通そうとします。

 

自分が正しいと思えないものに対して、抵抗感を覚え、逆にこれだ!と思ったものには猪突猛進に突っ込んでいくようなそんな性格であるなと感じます。

 

つまり、自分が納得しなければ、物事をやりきれない性格なのです。

結構困ることが多いです。

 

物事を習得するときの大切な要素として「守破離」というものがあります。

 

まずは堅実に素直に、「守」

少し型を崩して自分なりに工夫してみる、「破」

自分なりのやり方を確立し、元習っていた型からも離れる、「離」

 

この3つのうちの1つ目で、だいたい僕は手こずります。

守の内容が自分で理解できて、納得できて、正しい!と思えた時は良いのですが、そうでない時。

 

まずこの守破離という言葉が正しいのかどうかもわかりませんが、僕はどうやらこれが苦手なようです。

 

 

 

みなさんの中でも、頑固で、我が強く、自分の考えを曲げることができない方もいるかと思います。

 

このことをすっごい悪い言い方すると「固定観念に縛られている」

逆に良い言い方をすると「ブレない軸を持っている」

 

 

そうなんです、このことって良くも悪くもどっちにも取れてしまうんです。

だから難しいですよね

 

使い分けをする必要があります。

素直に学ばなければならない、頑固に突っぱねる必要のないものは「固定観念に縛られず」それをやってみる

やってみて、何度かやってみて、違ったら変えれば良い

 

逆に、納得するものでないとやってはいけないような時は「ブレない軸」を持って対処するべき

 

じゃあ、それをどうやって見極めて、使い分けるの?

これが一番重要で、みんな知りたい解です。

 

僕も正直、こんなテーマの記事を書いているんですが、わかりません

 

ただ、仮定としては

「自分の人生を生きているのか、自分の時間を過ごせているか」だと思います。

 

自分が納得しないことでも、自分の人生を生きるためだと思うことができれば、素直にやるべきで

 

自分が納得しないことで、少しでも自分の時間を生きることができていないと思えば、やらないで良い。人の時間を生きても勿体無い

 

スティーブ・ジョブズも言っています

あなたの時間は限られている。

だから他人の人生を生きたりして

無駄に過ごしてはいけない。

ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。

それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。

他人の意見が雑音のようにあなたの内面の声を

かき消したりすることのないようにしなさい。

そして最も重要なのは、

自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。

それはどういうわけか

あなたが本当になりたいものを

すでによく知っているのだから。

それ以外のことは、

全部二の次の意味しかない。 

 

わかりきっていないけど今回は記事として書いてみました

 

 

頭でぐるぐるなってることを文字化することは良いことだと思います。

 

で、これをもう一度見て

自分の現実の行動に生かしていく

 

その習慣をつけたいですね 

 

 

そんな今日この頃

自分のやりたいことをやって生きていくのか、 それとも、稼げることを第一に考えてやっていくのか vol.2

雨が降って来て、ブルーな気分の今日この頃ですが、

昨日の記事に引き続き、タイトル通りの記事を書いていこうと思います。

 

 

 

昨日の記事では

やりたいことをやって行くのと、稼ぐことを両方追求して生きることは難しいのか

 

現時点の若者は、この二つのポイントを追い求めようとするが、なかなか両立するすべが見つからずに、ジレンマを抱えているといった

 

そういう内容でした

 

 

 

 

 

で、昨日島根の大人の方々と飲みにいった時にそのことについて色々意見をいただいたり、自分で考えていたことをこの記事では書いていこうと思います。

 

 

 

まず、第一に、やりたいことをやって行くのと、稼ぐことは「両立できる」というのが僕の見解です。

 

僕の見解というか、おそらくみんなそう思っているし、そうでありたいと願っている人ばかりじゃないでしょうか。

 

しかし、なかなかそれができないというのが、ここでの問題です。

 

 

 

少し僕の話をさせていただきますと、

両親のおかげで、東京の大学にもいかせてもらい、

やりたい活動を都内でも、地元の島根県内でも少しずつやらせてもらっている状況です。

 

この前の夏休みの期間には「島根人生EXPO」という、

「島根で活躍している経営者・社会人の方」と

「地元に帰りたい・地元で生活したい・仕事がしたいけど、どんな感じかイメージできない学生・若手社会人」

 

とで対話してもらって、

具体的に島根での生活をイメージしてもらったり、

ゲストの方の「人生」を知ってもらうことで、これからの自分の人生を良くするために少しでも参考にしてもらいたいな

という想いから企画したイベントをやりました

 

また、都内では学生団体の活動を中心に、

現在は岐阜県の飛騨高山地方と、都内の学生を繋ぐツアーを企画し、そのツアーの中で、自分のやりたいことを実現してもらうというカリキュラムを組んだりしています。

 

 

 

 

といった感じなのですが、

お気づきでしょうか・・・・

 

お金を稼いでいる要素がほぼないです。

 

上記の2つの事例に関しては、現時点では、どちらも収益をあげる目的でやっているものではなく

売上は0

もちろん利益も0です。

 

 

 

学生としてやるぶんにはまだいいかもしれませんが、

これをこのまま社会人になってからもやるなんてことはもちろんできないわけです。

 

 

 

こういうことをしていると、いろんな方に価値は与えられていて、感謝はしてもらえる機会があるわけですが、

経営者の人なんかからしたら「稼いでない」というのはかなりのネックで

自分の父も経営者なので、

 

「色々やってるけど、いっとくけどお前1円も稼いでないからな」

 

と何回も言われます。

 

 

特に地方経済では、「稼ぐ」ということをコンスタントにやっていかなければ持続可能な事業は作り出せないですし、存在し続けられません

 

 

社会起業、ソーシャルビジネスという分野がありますが、それらが難しいと言われるのはここにあると思います。

 

 

今やっていることを続けるだけでは成り立っていかないことは自明で、

稼いでいかなければならいことはわかっています。

 

 

ここで安易に、このモヤモヤの回答を出すことはできないし、

まだわからないので、もっと考えていかないといけないし、

必ず稼いでいかないといけないと思っています。

 

 

さあここからどうするのか

 

かなり過渡期だと思います。

 

 

まずは自分がこうあるべきだというものを一度形にすることはできた、

次はそれをどう持続可能にしていけばいいのか

やっていきます。

 

 

 

まだまだわからないことが多いので、中途半端な感じでこのテーマに関しては一旦終えようと思いますが、

今後も考え、仮定し、検証していきます。

 

 

そんなことを考えている今日この頃

 

自分のやりたいことをやって生きていくのか、 それとも、稼げることを第一に考えてやっていくのか vol.1

 

こんにちは

 

もうすっかり秋です。寒いです。

 

そんなこんなの今日この頃ですが、

今日は、島根の経営者や色んな活動をされている方々と飲みに行きました。

 

そんな中でいろいろ感じたことをここで書きたいと思います。

 

 

と、その前に最近こんな記事を見ました

greenz.jp

 

 

 

自分のやりたいことをやって生きていくのか、

それとも、稼げることを第一に考えてやっていくのか、

 

どちらも必要な考えです。絶対に欠かしてはいけない。

いわゆるファイナンシャルビジョンとソーシャルビジョンの話です。

 

 

これはどちらも欠かしてはいけない

 

お金のことを考えて、すごく稼げはするんだけど、結局社会になんのインパクトも残せなければ、全くその会社もしくは個人の存在意義はありません。

 

逆に、社会をよくしたいと思うあまり、お金が全く稼げず運用できなければ、その会社・個人はまず存在することができません。

 

だから、この二つの要素は欠かせないもの

 

 

 

 

 

そのことを既載の記事には書いてあるのですが、その両立はものすごく難しい。

 

greenz.jpさんは、今後の会社の経営方針・ビジョナリーな部分と、実際に目の前の仕事や実質的に動かしていかなければならにところ・オペレーションの部分を

 

優秀な人材を雇うことで、分業し、その先に持続可能で、なおかつソーシャルな事業を展開して行くことができる状況にまでしたということでした

 

 

 

 

 

こういう風にハマっていける、優秀な人材が転がり込んで来た場合は良いですが、全部が全部そういうわけにはいきません

 

 

そんなことを考えていた時に大学の経済学部の友達がこんなことをいっていました

 

「俺、やりたことはファッション系なんだけど、今のままじゃ到底なれそうもなし、、

経済学部で、就活頑張ったら年収がたくさんの会社にいけるけど、その会社の仕事って本当に俺がやりたことなんかな、、って最近思ってさ

じゃあ、逆に、やりたいことに専念するために今から大学やめて、ファッションの専門学校にいけば、楽しいかもしれないけど、それって安定はしないよね

生活していくだけのお金を稼げる保証なんてないし」

 

 

なるほどな

 

こんな感じで、普通の大学生も、前述した

『自分のやりたいことをやって生きていくのか、

それとも、稼げることを第一に考えてやっていくのか、』

 

でなかなか迷ってるって感じなんですよ

 

 

 

そんな中で、僕がどんなことを考えたのか、

そして、

今日、島根の経営者の方々や、国の省の方々と飲みにいった時に

今回の記事のことをまたさらにかんがえさせられ、自分でも反骨心むき出しでいろんなことを思ってぶつけさせていただいた(反発して申し訳ありません)ので、

 

それらを次回に記事に回したいと思います。

 

明日も書くのでよろしくお願いします

 

 

そんな今宵

 

 

 

 

「ない」じゃない、「知ら"ない"」だけ

 

こんにちは!

 

なんだか気温的にも秋めいてきましたね

 

この前島根から東京に戻った時に気温差が10℃もあっておったまげましたが、

やっと東京も冷却体制にはいったようでホッとしております

 

 

今回のテーマは

「ない」じゃない、「知ら"ない"」だけ

 

です。

 

いろんなところで、これを感じます。

 

あれないこれない、

いや、それ知らないだけ!

 

 

多分、世の中の「ない」のほとんどは「知らない」に変換できると思います

 

 

例えば、

「あの駅の周辺っていいカフェないよね〜」

 

徹底的にググったり、その駅周辺を歩き回ればあります

 

絶対探せばあるのに、自分に入って来ていない情報だから「ない」と判断してしまう

 

 

 

ここで少し例を日本の地方の問題に寄せますが、

 

地方で問題になっている人口流出。

 

その問題の原因の一つが「地方に仕事が"ない"」

 

来ました。今回のキーワードの「ない」ですね

 

 

 

これがあるんです

島根にもその他の県にも、

地元の外に出ている人からすると、そこに関する情報がないので、結局「ない」という判断になってしまいます。

 

 

実際、島根の企業には面白い事業をしている輝く企業が多くありますし、

そんな日本の中でも最先端のことをしている企業でも、人材不足で困っているところもあります。

 

 

「地元に帰って仕事がしたい」のに地元の仕事を「知らない」

だから、地元に帰る選択を諦めてしまう若者

 

地方に貢献したいと思っているような積極的な若者が不足している地方の企業

 

完全にニーズとニーズの不一致が起きているのは自明の理です

 

 

 

ここなんとかしなくては

この問題を自分の人生を使って解決させていきたいと思っています。

 

 

自分のライフスタイルや仕事を自由に選ぶことができないで、ただの惰性で

人生を過ごして行くのって単純に勿体無いことだし

あってはならないことだと思います

 

 

 

そんな風に思います。

 

 

 

こういった感じに

皆さんも「ない」と思っていることでも、以外に少し探せばあったり

少しアプローチを変えれば簡単に見つかったりするかもしれません

 

正面からみて「ない」と思っても、

工夫して次に繋げられることが、日常に溢れていると思うと

少し注意して考えることができると思います

 

 

 

そんなことを思う今日この頃

そりゃみんな勉強しないわ

 

こんにちは!

 

今日から本格的に大学が再開しました。

 

約2ヶ月の夏休みの後なので、体力的にきついかなーとか思ってたんですが、

夏休み最後あたりの予定ラッシュが良いウォーミングアップになって割と大丈夫でした。

 

 

今回は、久しぶりに大学についての記事を書こうと思います。

 

この記事を読んでくださってる方で、地方から上京して大学に進学した方はどれくらいいるでしょうか?

 

僕はその1人なのですが、

1年半大学に通ってきて思うのは、

地方の高校生にとって大学選びって目隠しで島根から東京に歩いて移動するくらい難しいですよね

 

いや、適当に選んで入るんだったら簡単です

 

じゃなくて、本当に自分がイメージしたような、やりたい!って思えるような学問がそこにあるような大学を選ぶことがです

 

 

まず基本的に高校生の頃なんて自分が何をやりたいかもほとんど明確でないし、

ましてや大学で学んでいる自分をイメージできる人なんて全くと言っていいほどいません。

 

しかも、それに地方在住というのも乗っかってくると、

東京の大学での学生生活なんて

ほんの生活のワンシーンですらイメージできないです

 

僕なんかはそうでした

 

 

自分のキャンパスがここまで田舎だとは思ってもみなかったし

今専攻している経済学も全く見当もつかなかったです

 

ゆえに、正直あまりやる気が出ません

 

他の学生も授業中動物園かよってほどうるさいし、集中できないし

結構講義出ないし、

 

環境的に、悪い方へ集団心理的なものがものすごい力で働いている気がします

 

「そりゃみんな勉強しないわ」

 

妙に納得してしまう環境・・・

 

自分が思っていたのとは違う専攻学問・・・

 

これじゃあほんとに大学4年間という時間と、

年に何十万、百何万ほどの学費を

捨ててるも同然

 

 

多分みんなこのサイクルに巻き込まれて、

それがやる気のない生徒集団を築き

やる気のない社会人を生み出し

やる気を今更出しても変えられないほど、

社会が困窮している状態です

 

若いこれから、社会で目一杯躍動して行く、その準備段階のはずの大学生がこれでは、、、

 

改めて思ってしまいました

 

 

 

この問題に取り組んでいる人は何人か知っていて、

それを島根で実践した方もいます

 

島根から東京へ上京し、その先でどんなことを感じ、どのように生活しているのか

 

オープンキャンパスは大学の良く塗り固められた外ヅラだけしかみせてくれない

 

高校の先生は、自分が何年も前に進んだ、いわば風化した経験しか話してくれない、話せない

 

 

この問題は単純で深刻な問題です

 

今年中のどこかで、このような問題に苦しむ高校生を少しでも減らすために、イベントを島根で開く予定です。

 

準備頑張って進めていきます

 

 

 

そんなことを思う今日この頃

 

ネタがないのでお題カードを発動

今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

 

こんにちは!

 

連続投稿9日目にしてついにネタが無くなるという恐れていた事態になってしまいました。

 

しかし、さすがは天下のはてなブログ

なんと「お題」という機能がありまして、

今回はそれを活用させてもらいます。

 

 

今週のお題は「私のおじいちゃん、おばあちゃん」です。

 

僕の祖父母は全員キャラが濃くて、1記事では書ききれないので、今回は父方の祖父のことについて書こうと思います。

 

僕の祖父は、またホテルマンで、今はもちろん引退しているのですが、その当時はテーブルマナーを教える講師をやっていたほど仕事に一所懸命でした。

 

彼は人をもてなすのが好きで、それは普段の行動や、孫である僕がたまに帰省した時にも伺うことができます。

 

オオサンショウウオを持って来て(今は禁止されていると思いますが)、庭の池にはなして見せてくれたり、本当にサービス精神旺盛でした。

 

それを見て僕も人を喜ばすことをやりたいと幼いながらに思ったのは事実です。

 

 

 

子供が親から与えられる影響ってのは

本当に大きいものがありますが、

それと同じくらい祖父母の影響は大きいと思います。

 

 

最近の人がどれほど祖父母たら触れ合って、

深い話をしているのかわかりませんが、

僕は結構話せている方だと思います。

 

そうやって長く生きた人の経験を教えてもらったりするのは、

一見古臭いものに聞こえるかもしれませんが、

かけがえのない、その人だけの経験値と考えから作られたものです。

 

 

敬老の日は昨日でしたが、

皆さんも、電話を手にとって、おじいちゃん、おばあちゃんに電話をかけて声を聞かせてあげるのはいかがでしょか

 

そして、それだけじゃなく、

話を聞かせてもらいましょう

 

 

そんな今日この頃

豊田真由子議員の暴言問題のニュースを見て思った事

 

こんにちは!

 

台風がすごいことになってますね

明日の飛行機が飛ぶか心配です。

 

 

で、今回の記事の題名が「豊田真由子議員の暴言問題のニュースを見て思った事」ですが、

 

最近ニュースですごい話題になってますよね

 

概要を説明すると長くなるので、記事を載っけときます。

www.huffingtonpost.jp

 

 

 

内容を聞いていて、なんかまあぱっと見、やっぱり豊田議員が悪いとは思いますよ

思いますけど、なんかその報道の仕方とか、それを見ている世間の反応とか、

いかにも日本っぽいなあと思って、見てました

 

まず日本のメディアはこういう、エリートな成功人生を送ってきた人の突然の問題発言や行動をここぞとばかりに取り上げて、

叩いて、叩いて、それで終わっています。

 

悪い事をしたということは事実かもしれないですが、その取り扱い方がもういじめにしか見えない

 

 

そして、日本には切腹という慣習が昔あったくらい

一回の失敗を「死」をもって償い、終わらせるくらい

「失敗」っていうのを許さない文化があるなと思ってて

 

それがこのニュースの様子にも反映されているなと思います

 

 

豊田議員はこのまま辞任せずに議員を続行させると言っていますが、

それに対してニュース番組のコメンテーターが

「こいつは自己中心だ!そんなことが許されるわけがない。しっかり責任をとって辞任するべきだ!」と

 

これを聞いていて、「辞任させていいことある?」って思っちゃいます

 

 

辞任させられることで、今回の暴言を吐かれた秘書の人や、

TVで繰り広げられる「公開処刑」を楽しんでいる国民の憂さ晴らしにはなると思いますが、

で?

 

なんか他いいことある?

 

 

 

他にも、同じようなことで

 

日本では一度倒産したり、破産したりした会社はそのまま信用を無くし、

そこからもう一度這い上がるのは結構厳しいものがあります

 

しかし、アメリカなど、面白い力のある会社がたくさんある国では、

逆に1度失敗した会社に対しては、何も経験していない会社より融資を受けやすいなんてこともあります。

 

1度失敗したのだから、また失敗する確率が低い

単純な理由です。

 

 

 

 

今回の記事の内容的に豊田議員を擁護しているように見えるかもしれないですが、

そういうわけじゃないです。

 

失敗した人に対して、それを容認し、逆に「失敗」を生かして前に進ませようという文化がないことがいけないんじゃないかと書いてるだけです

 

「失敗した」ということは一度行動をしているといいうことで、

何もやってない人よりはよっぽど良いし、可能性があります

 

 

そういう人たちを応援する文化がもっとできれば良いと思いますし、

自分もその考えを実践していきたいと思います。

 

そんな今日この頃